大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ネ)459号 判決 1961年12月25日

控訴人

芳賀ナミ

被控訴人

株式会社有明社

外一名

主文

原判決中被控訴人近藤富夫に関する部分を左のとおり変更する。

被控訴人近藤富夫は控訴人に対し金八万円及びこれに対する昭和三十五年六月十四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人近藤富夫に対するその余の請求を棄却する。

控訴人の被控訴人株式会社有明社に対する控訴を棄却する。

第一、二審の訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その一を被控訴人近藤富夫の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を左のとおり変更する。被控訴人等は連帯して控訴人に対し金三十三万七千九十五円及びこれに対する昭和三十五年六月十四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、控訴人は被控訴会社に対しては自動車損害賠償保障法第三条に基いて本件損害賠償請求をなすものである。そもそも、同法条は、いわゆる危険責任及び報償責任の思想に基いて民法の不法行為責任の要件を著しく緩和し、自動車事故による被害者の保護を図つたものであるから、その解釈に当つては、右法律の思想的根底ないし目的に照らし合理的に解釈されるべく、かかる見地から本件をみると、被控訴人株式会社有明社は従前より自己のために被控訴人近藤富夫をして本件自動二輪車を運行させていたものであるから、たまたま運転手の右近藤が私用のため本件自動二輪車を運転して本件加害行為に及んだとしても、その運行によつて生じた事故による損害賠償責任は、法定の免責要件がみたされないかぎり、被控訴人株式会社有明社がこれを負担しなければならない。蓋し、このことは、同法第三条但し書が免責の一要件として「自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと」と規定することからも容易に推論されると述べ、被控訴人等代理人において、被控訴人株式会社有明社は本件事故当日社員の慰安旅行のため休業中であつて、被控訴人近藤富夫は右旅行参加を希望せず、たまたま私用のため、被控訴人株式会社有明社が保管を委託して置いた横川自転車店より本件自動二輪車を被控訴人株式会社有明社に無断で借出したものであり、自己用事のため本件自動二輪車を運行して本件事故を惹起したものであるから、仮りに右近藤に本件自動二輪車運行上の過失があつたとしても、同人の過失行為と被控訴人株式会社有明社の損害賠償責任との間には何等の因果関係はないから、控訴人の右主張は理由がないと述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一、昭和三十五年三月二十六日午前九時頃東京都世田谷区松原町一丁目五〇番地先きの甲州街道上で、該街道を調布方面から新宿方面に向け進行中の被控訴人近藤富夫操縦の被控訴人株式会社有明社所有の荷台付自動二輪車と右近藤の進行方向の左側歩道に沿うて駐車していたトラツク車輛の新宿方面寄りの前方個所から右街道を横断中の控訴人とが接触し,このため控訴人が車道上に転倒したことは当事者間に争がない。

二、右事故発生の原因について審究するに、原審における証人内田辰一の証言及び控訴本人、被控訴人近藤富夫本人の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、事故当時は相当強い雨が降つており、控訴人は附近住民としてさらに数十米前方に信号機の設置してある交叉点があり、横断歩道があることを知りながら、車道上に駐車していた前記トラツクの前方約二米の個所から甲州街道の横断を始めたこと、控訴人は傘を左手でさしており、駐車中のトラツク(幅約二米)の側面の線を出て、傘を左斜めにして右方を確かめようとした瞬間、被控訴人近藤の運転する本件自動二輪車の前部に接触して車道上に転倒したこと、被控訴人近藤は数十米前方に信号機の設置しある交叉点があり、横断歩道があつて、交通係巡査が交通の整理をしており、これより約五、六十米手前に右近藤の進行方向の左側歩道に沿い二台のトラツク車輛が十余米の間隔をおいて縦列に停車していることを認めながら、その縦列側面から一米位を隔てた線上を時速約四十キロメートルで直進し、事故発生まで横断中の控訴人を発見しなかつたことを認めることができる。前示被控訴人近藤富夫本人尋問の結果中右認定の反する部分は措信しない。他に右認定を左右し得べき証拠はない。してみると、被控訴人近藤としては、進路前方の車道上に駐車するトラツクの車体によつて隠蔽された車輛前方から進路上に出現することのあるべき人或いは物に対し、衝突をさけうるように自己の自動車の速度の調節やその他急停車準備を執らなかつた譏りは免れ得ず、したがつて、この点において被控訴人近藤には本件事故発生につき過失があつたものといわざるをえない。しかし、控訴人においても、数十米先きの横断歩道を執つて街道を横断しようとしなかつた譏りは免れ得ないので、この点において控訴人にも本件事故発生につき過失があつたものといわざるをえない。

三、控訴人の損害額について審究するに、原審における控訴本人尋問の結果及びこれによつて成立の認められる甲第一ないし第三号証、第五、第六号証を綜合すると、控訴人は本件事故により頭蓋内出血、顔面に三針ぬう程度の挫創、左中指挫創、左下腿挫傷を蒙り、直ちに昭和医大附属病院に運ばれて昭和三十五年五月十五日に至るまで五十一日間安静治療を受けたのであつて、そのため病院への諸支払一万五千七百二十円、借ふとん代二千二百五十円を支出したほか、同年四月九日に至るまでの附添看護費二万三千九百二十五円、その他左中指挫創による機能障碍に対するマツサージ治療のため千百円を支出したこと、控訴人は昭和三十四年九月頃から訴外角処心一方に家政婦として常傭され、月額一万七千円の定収入を得ていたのであるが、右入院治療の期間中は稼働できず、そのため五十一日間の収入二万八千五百十六円を失つたことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。してみると、控訴人は、本件事故により合計七万千三百二十八円の財産上の損害を蒙つたものというべきであるが、前記控訴人の過失を斟酌して、賠償を受くべき金額は五万円を以て相当と認める。

控訴人は、本件事故後一ケ年間の月額一万七千円の割合による得べかりし収入の喪失を主張するのであるが、控訴人が退院後も引続き月額一万七千円を定収入として継続的に得べかりし事情を確認すべき証拠はなく、かつ控訴人が退院後家政婦として稼働することを止めているのは、本件事故による負傷の結果稼働能力を失つたためであるかどうかについては、原審における控訴本人尋問の結果中これを肯定するが如き趣旨の部分は措信し難く、他に右因果関係を肯定すべき証拠はない。

次に、原審における控訴本人尋問の結果によると、控訴人は本件事故当時四十六才であり、夫に定職がなく、かつ病身のため、一家の主婦として特に責任の重い立場にあることが認められるので、前記のような本件事故による負傷より控訴人は少からぬ精神的苦痛を蒙つていることは推認するに難くない。他方、原審における被控訴人近藤富夫本人尋問の結果によると、被控訴人近藤は本件事故当時二十一才であり、事故後横須賀市陸上自衛隊に隊員として入隊する等稼働能力十分であることが認められるので、前記のような控訴人と被控訴人近藤の各過失の度合、その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌し、控訴人の右精神的苦痛に対する慰藉料は金三万円を以つて相当と認める。

四、被控訴人株式会社有明社の責任について審究するに、原審における同会社代表者本人及び被控訴人近藤富夫本人の各尋問の結果によると、被控訴人株式会社有明社は本件事故当日社員の慰安旅行のため休業中であつて、被控訴人近藤は右旅行に参加せず、同会社が保管を委託して置いた横川自転車店より本件自動二輪車を被控訴人株式会社有明社に無断で借り出し、これを私用のため運転して調布方面へドライブを楽しみ、帰途本件事故を惹起したものであることを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。してみると、被控訴人近藤の不法行為は、被控訴人株式会社有明社の業務執行につきなされたものでないから、同会社に民法第七一五条による責任を認めるべきではない。

控訴人は、被控訴人株式会社有明社は自動車損害賠償保障法第三条に基き損害賠償責任を負担すべきであると主張するが、同条は民法第七一五条所定の免責条件をさらにきびしくしたにすぎず、被用者の不法行為につき使用者に損害賠償責任を認めるための要件である「事業ノ執行ニ付キ」を削除したものとは解せられないので、採るをえない。

五、以上の次第であるから、控訴人の本訴請求中、被控訴人近藤富夫に対する請求は、金八万円及びこれに対する本件訴状の同被控訴人に送達せられた日の翌日であること記録上明らかな昭和三十五年六月十四日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるが、その余は理由がないから棄却すべきであり、被控訴人株式会社有明社に対する請求は、失当として排斥すべきである。したがつて、原判決中、被控訴人近藤富夫に関する部分は右と異るので、これを変更すべきものとし、被控訴人株式会社有明社に関する部分は右と同旨に出ているので、この部分に対する控訴人の本件控訴は理由がない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 中村匡三 花渕精一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例